「因果応報なんて本当にあるの」なんて思う人もいますよね。
スピリチュアル的には、ありえる話と言われています。
とはいえ、本当に因果応報があるなら、「悪いことしてきた人の中に、幸せそうに生きている人がいるのはおかしい」なんて矛盾していることもありますよね。
そこで今回は、因果応報はスピリチュアル的に存在すると言われる理由について、様々な視点から解説していきたいと思います。
因果応報は必ずあるスピリチュアルな理由
因果応報の意味は、人によって解釈が違うかもしれませんが、自分の行いはそのまま自分に返ってくるという意味合いを持ちます。
要するに、
良い行い=良い結果として自分に返ってくる
悪い行い=悪い結果として自分に返ってくる
など
人生は、こういう流れを持っていることを伝えた言葉でもあるんです。
そんな因果応報ですが、スピリチュアル的に本当にある話だと思った理由は、この世のすべてのことに意味があるというスピリチュアル理論があるためです。
これは、自分の行いすべてにも意味があることも指しているんです。
自分の行い一つ一つに意味があるってことは、これから先(未来)に起きることは今までの自分の意味を持った行いによって出てきた現象と捉えることもできますよね。
こうしたスピリチュアル理論から考えれば、因果応報の存在は必ずある話だと言えるわけです。
実際の因果応報によるスピリチュアルな体験談
実際に、因果応報とも言えるようなスピリチュアルな体験談を語る人も多くいます。
そんな実際の体験談としてよくある事例をご紹介していきます。
【良い行いの因果応報】欲しいものを譲ったら何倍にもなって返ってきた
抽選の商品で、ずっと欲しかった限定商品を手に入れる権利をゲットしたはいいものの、落選してしまった身近な大切な人にその権利を譲ってあげた。
その翌年から、不思議と抽選に応募したものが続々と当たることが増えました。
すごい良い話ですよね。
これも、まさに因果応報のような出来事でしょう。
自分が本当に欲しかったものを人のために譲るなんて、誰でもできることじゃないですよね。
こうした人を幸せにするような良い行いは、巡りに巡って自分に返ってくることもあるんです。
【悪い行いの因果応報】友達の悪口を言ったらバレて仲間外れにされた
目の前にいないからって、身近な友達の悪口を言ったらそれがバレて仲間外れにされた。
まさに、これは因果応報かもしれませんね。
悪口というのは、相手の印象だけでなく、悪口を言っている自分の印象まで悪くする行為です。
そして、友達の悪口を言った相手が本人に伝えてしまうかもしれないリスクもあったわけです。
当然の結果なのかもしれません。
でも、こうした人の悪口や愚痴は自然と出てしまう人は多いため、因果応報としては身近な事例だと思います。
決して、他人事ではないので気を付けましょう。
因果応報は形を変えてでも必ず返ってくる
よく因果応報のことで勘違いしている人が多いのが、自分のしてきた行いとまったく同じ行いが返ってくると思っている人です。
例えば、
人を助ける=自分も助けてもらえるようなことが起きる
人を騙す=自分も騙されるようなことが起きる
など
因果応報は、こうした自分の行ったことと同じことが返ってくると思っている人も多いですよね。
しかしながら、必ずしもそうとは限らず、そんな単純なことではないんです。
因果応報は、あらゆる形を変えて必ず返ってくることもあると言われているためです。
例えばですが、人を助けた善の行いは、良い出会いとして返ってくることもあるわけです。
人を助けた翌日に、運命的な出会いがあったなど。
そのため、人を騙したなどの悪の行いも同じで、また違った悪の形を変えて返ってくることもあるんですね。
ここを間違って解釈してしまえば、今目の前に起きている因果応報の現象に気づけなくなってしまうこともあるので気をつけましょう。
現世での行いが来世に継がれることもある
よく因果応報には、矛盾が発生していると言う人もいます。
例えば、因果応報が本当にあるなら、
「善人なのに不幸せな環境の中で生きている人がいるのは、なぜか…」
「悪人なのに幸せそうに生きている人がいるのは、なぜか…」
こうした現実があるのはおかしいと思いますよね。
確かに、因果応報の理論なら矛盾していますよね。
世界中の人を調べたら、そんな明らかに因果応報の言葉とは程遠い環境にいる人はたくさんいるでしょう。
実は、こうしたこともスピリチュアル的にはありえる話なんです。
この理由は、現世での行いによる因果応報は、来世の自分に引き継がれることもあるためです。
よくスピリチュアル界隈では、
前世で徳を積んでいる人=来世(現世)は幸せになる
前世で悪行を積んでいる人=来世(現世)は不幸せになる
こういう話をされる人は多いです。
まさに、これは因果応報の引継ぎによるものと考える人は多いんです。
他にも似た話で、前世での罪はカルマとなって来世に引き継がれていく話も有名ですよね。
因果応報にも、こうした来世に引き継ぐスピリチュアルな要素があるかもしれないんです。
そのため、現世での行い(善悪)による因果応報が必ずしも現世で起きるとは限らないんです。
因果応報のスピリチュアルな回避策
悪いことしてしまった人の中には、因果応報による跳ね返りが怖い人もいますよね。
中には、スピリチュアルな回避策がないか考える人もいるでしょう。
正直、スピリチュアルな理論から言えば、因果応報を回避することは不可能でしょう。
自分のしてきた行いが自分に返ってくる流れは、スピリチュアルに決められた定めだからです。
むしろ、その因果応報を回避しようとする考え自体が愚かなことでもあります。
重要なことは、これからは罪を償わなければならないような人間にならないことです。
そんな因果応報を恐れずに済むような善良な人間になるためには、スピリチュアル的には波動の高い人間になることが重要です。
波動の高い人間になるためには、
- 何事にも感謝を忘れない
- 人のためになることをする
- 自分のためになることをする
この3つを意識して過ごすことが大切です。
これからの人生をより豊かに過ごしていくためにも一つの参考にしてみましょう。
因果応報を通して罪を償うための心得
ここまで、様々なスピリチュアルな視点から因果応報に関する話をしてきましたが、実際に因果応報を通して罪を償っていくにはどうしたらいいか気になる人もいますよね。
きっと過去に悪い行いをしてしまい反省している人ほど、これから先は善人として生きていきたい気持ちがあるはずですからね。
そこで、実際に過去の悪い行いによって因果応報が起きてしまったときに、罪を償う心得についてもご紹介していきます。
素直に自分の罪を受け止める
スピリチュアル関係なくですが、罪を償うときに大事なことは、素直に自分のしてきた行い(罪)を真摯に受け止めることです。
中には、今まで自分のしてきた行い(罪)に対して、下手に言い訳しようとして言い逃れしようとする人もいますよね。
もちろん、何か言い分や理由もあるかもしれませんが、自分勝手な言い逃れなら罪をまた重ねる行為になります。
それでは、いつまで経っても善人に生まれ変わることは難しいでしょう。
罪を償う気持ちがあるなら、素直に自分のしてきた行い(罪)を真摯に受け止めましょう。
そこから、善人ある人間になるための次のステップに繋がっていくんです。
罪を感じる相手の幸せを願う
もしも、自分のしてきた行い(罪)によって誰かを悲しめるようなことをしてしまったなら、そんな罪を感じる相手の幸せを願うようにしましょう。
罪を償う行いの中には、直接に面と向かって反省の意を見せ謝罪することも大切かもしれませんが、相手からしたらもう会いたくもない存在になっているかもしれません。
そうなったら、自分自身ができることは、罪を感じる相手に心から反省の気持ちを持ちながらも相手の幸せを願うことです。
こうした人の幸せを願える人間になることは、二度と人を悲しめるようなことはしなくなるでしょう。
罪を償いながらも、人の幸せを願える善人の心を持つことも大切にしましょう。
徳を積むような善ある生活を心がける
今までしてきた悪い行いが完全にリセットすることはないでしょうが、これからどう生きるかが重要です。
これから先は、良い行いをしていけるような善人な人間になることが、本当の意味での罪の償いになるんですね。
そのため、日頃から人のためや自分のためにも徳を積むような善ある生活を心がけて過ごしてみましょう。
気をつけてほしいのは、人のためだけでなく自分のためにも生きていくことも大切にしましょう。
自分をないがしろにしてしまえば、人のために動けるような心の余裕は生まれないためです。
まとめ
このように、生きていく中での自分の行い(善悪)は、あらゆる形を変えて因果応報として返ってきます。
ただし、スピリチュアルでは、必ずしも因果応報は現世で返ってくるとは限らないと考えられ、来世に引き継がれることもあると言います。
どの道、良い行いを意識して過ごすことを大切にしましょう。
また、悪い行いにより因果応報を恐れている人は、罪を償い善人な人間として生まれ変わるためにも、今回ご紹介した因果応報を通して罪を償うための心得も参考にしてみてください。
この記事が、少しでも誰かの役立つ情報になっていれば嬉しいです。